掲載情報

3月2日

毎日新聞に掲載されました。


2月3日

東京新聞に掲載されました。


2月~

常陽新聞『4年~筑波大生が見た東日本大震災~』連載開始


【2015年】 



11月26日

茗渓会賞を受賞しました。

 

11月11日

つくばアクションプロジェクト(T-ACT)優秀賞を受賞しました。

 

【2014年】

 

10月11日

NHKに取り上げられました。

 

9月5日

読売新聞に掲載されました。

 

8月26日

福島民報に掲載されました。

 

2月4日

東京新聞・茨城版に掲載されました。

 

【2013年】

 

11月17日 

毎日新聞・福島版に掲載されました。

 

11月24日  

 毎日新聞に掲載されました。

茨城新聞に掲載されました。

東京新聞に掲載されました。

 

7月8日

茨城新聞に掲載されました。

 

5月24日 
NHKに取り上げられました。

4月1日 

東京新聞に掲載されました。

「Tsukuba Communications」に掲載されました。

3月12日

NHKに取り上げられました。


3月9日

毎日新聞に掲載されました。

茨城新聞に掲載されました。

 

3月8日 

つくばアクションプロジェクト(T-ACT)特別賞を受賞しました。

 

1月29日

茨城新聞に掲載されました。

 

1月28日

毎日新聞に掲載されました。

 

1月6日

三陸新報に掲載されました。

 

【2012年】

 

12月17日

毎日新聞に掲載されました。

茨城新聞に掲載されました。

 

12月11日

茨城新聞に掲載されました。

 

12月10日

毎日新聞に掲載されました。

 

11月24日

茨城新聞に掲載されました。

 

2011年11月号のSTUDENTSに掲載されました。

(16,17ページ)

 

10月10日

毎日新聞に取り上げられました。

 

10月9日

茨城新聞に取り上げられました。

 

9月9日

毎日新聞に取り上げられました。

 

8月25日

茨城新聞に取り上げられました。

 

8月10日

茨城新聞に取り上げられました。

 

6月17日

茨城新聞に取り上げられました。

 

6月13日

筑波大学新聞に掲載されました。  

 

6月10日

NHKに取り上げられました。

 

【2011年】

原発20km圏内地域視察  2016.11.27

2016年11月27日(日)

@福島県南相馬市、浪江町、富岡町

 

メンバー数名で福島第一原子力発電所から20km圏内の地域を訪れました。

今年5月にも南相馬市のNPOのガイドさんによるツアーに参加し、そこで訪れた場所や聞いた説明をもとに各地を巡りました。

今回参加したメンバーの多くは今年新しくTsukuba for 3.11に入ったメンバーで、初めて訪れた避難地域の光景に衝撃を受けていました。
震災直後から復旧・復興作業が進む津波の被災地とは違い、原発事故の被災地は線量の高さゆえに復興に向けた道のりはまだまだ遠いように感じます。
「東北は復興している」と一括りにされることがありますが、被害によって地域差があることを改めて認識する機会になりました。

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・福島県浪江町の浪江駅近くの商店街は、震災直後に避難指示が出されたためにほとんど当時のまま残されていました。
大きな揺れで屋内は散乱しており時が止まっているように感じる一方、錆び付いた鉄骨や雑草がはびこる様子からは年月の経過を感じました。
この辺りは現在は避難指示解除準備区域に含まれています。5月に訪れたときと違い、準備宿泊が始まったことからか道を走る乗用車が増えているように感じました。

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・今年の夏に避難指示が解除されたばかりの南相馬市小高地区。
ここでは、震災後仮設店舗で営業しており、今年の5月にもとの場所に戻ってきて営業を再開した「双葉食堂」で昼食をとりました。
震災前から人気のラーメン店で、現在は小高地区唯一のごはん屋さん。
この日も小高地区に戻ってきた住民や復興に携わる作業員の方々で列ができていました。
熱々のラーメンとお店の方々の温かな雰囲気に心身共にほっこりとしました。

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・浪江町の請戸地区は甚大な津波の被害を受けたものの、震災直後は線量が高かったためにしばらく手つかずのままでした。
現在でも被災された建物の解体作業などが行われています。
ここでは請戸小学校を訪れました。
破壊された窓ガラスや風が吹き抜ける1階部分からは津波の脅威が伝わってきて、メンバーは皆真剣な表情で見学していました。

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・原発近くの双葉町や大熊町は現在も線量が高く、走り抜ける車窓から様子を伺いました。
平日になると車道は全国からの作業用トラックがひっきりなしに走行しているそうです。
また、車道沿いに除染物質や災害廃棄物の入ったフレコンバックが積み重なった光景を何ども目にしました。

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・富岡町では富岡町交流サロンを訪れました。
ここでは一時帰宅をした住民が防護服や線量計を貸りることができ、休憩所としても利用することができます。
この日は幸運なことに、駐在していらした富岡町の語り部の方にお会いでき、様々なお話をきくことができました。
町の人々が避難して全国に散らばったことで、居住環境の再建のみならず、地域に残っていた文化や伝統の復活が非常に厳しい状態であることを知りました。
被災地に限らずどのような街でも地域の繋がりを守るために、伝統の継承や世代間の交流が重要であると感じました。
来年3月の避難指示解除に先立って、サロンの目の前にはショッピングモールが新設され、復興住宅も次々に建てられていました。

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今回の経験を胸に留め、これからもつくば市に避難している方々との交流を大切にしていきたいです。
また今後も定期的に被災地の視察を続け、自分たちの目で被災地の実状を把握し、伝えていくよう心がけていきます。